オーストラリアの人気スポーツを二分する「見えない国境線」――AFL・ラグビーとNetflix世代の若者たち

オーストラリアのスポーツ

みなさんは、「オーストラリアのスポーツ」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。

ラグビーだろうか。クリケットだろうか。それとも、全豪オープンで知られるテニスだろうか。

ところが、オーストラリア人に同じ質問をすると、住んでいる場所によって答えが変わる。

メルボルンで暮らす人なら、巨大な楕円形競技場を走り回るAFLを挙げるかもしれない。シドニーやブリスベンなら、屈強な男たちが正面からぶつかり合うNRLが返ってくる可能性が高い。

同じ国なのに、国民的スポーツが一つに決まらないのである。

日本であれば、地域によって応援するプロ野球チームは違っても、競技そのものは野球だ。しかし、オーストラリアでは、州境を越えるとボールの形だけでなく、ルールまで変わる。

しかも、どちらも英語では「Football」や「Footy」と呼ばれる。外国人にとっては、すでにこの時点で軽い入学試験である。

さらに近年、その複雑なスポーツ地図に、新しい勢力が入り込んできた。

Netflix、YouTube、TikTok、スポーツ配信サービスを通じて、オーストラリアの若者がNBA、MLB、NFL、UFCなど、海外のスポーツを日常的に見るようになったのである。

オーストラリアを二分してきた「見えない国境線」は、これから消えていくのだろうか。

「ラグビーが二つ」ではなかった

私は長い間、オーストラリアには「二種類のラグビーがある」と思っていた。

一つはメルボルンで人気のAFL、もう一つはシドニーやブリスベンで人気のNRLである。

ところが、これは正確ではなかった。

AFLは、ラグビーではない。

正式にはAustralian Football、あるいはAustralian Rules Footballと呼ばれる、オーストラリア独自の競技である。楕円形の大きな競技場で、1チーム18人がボールを蹴り、手で打ち、時には相手の背中を踏み台にして空中へ飛ぶ。

初めて見る日本人には、ラグビー、サッカー、バスケットボール、走り高跳びを同じ鍋に入れ、勢いよくかき混ぜたように見えるかもしれない。

両端には4本ずつのゴールポストが立っている。中央の2本の間にボールを蹴り込めば6点、その外側なら1点となる。

ボールを持って走ることもできるが、一定の距離ごとに地面へ弾ませなければならない。楕円形のボールは、こちらの都合などまったく考えず、時々とんでもない方向へ跳ねる。あの予測不能なボールまで含めて、いかにもオーストラリアらしい競技である。

一方、NRLは競技名ではなく、National Rugby Leagueというプロリーグの名称だ。そこで行われるRugby Leagueは13人制で、日本で一般に知られている15人制のRugby Unionとはルールが違う。

Rugby Leagueでは、攻撃側がタックルを受けながら前進し、原則として6回の攻撃権の中で得点を狙う。密集戦が比較的少なく、展開が速い。AFLが広大な草原を全員で走り回る競技だとすれば、NRLは人間が壁に向かって何度も突進する競技に見える。

もちろん、選手たちには高度な戦術がある。ただ、初心者の目には「なぜ、あえて一番大きな相手のところへ走っていくのか」と思える場面も少なくない。

オーストラリアには、この二つにRugby Unionとサッカーを加え、少なくとも四種類の「Football」が存在する。

誰かに「週末はFootyを見た」と言われたら、会話を続ける前に、どのFootyなのかを確認したほうがよい。さもなければ、こちらはAFLの話をしているのに、相手はNRLの決勝戦を熱く語っていた、という小さな国際紛争が起きる。

オーストラリアを二分する「バラシ・ライン」

オーストラリアには、どのFootballが人気なのかを分ける、目に見えない境界線がある。

それを彼らは「バラシ・ライン(Barassi Line)」と呼ぶ。

大まかに言えば、ビクトリア州、南オーストラリア州、西オーストラリア州、タスマニア州はAFLの勢力圏だ。一方、ニューサウスウェールズ州とクイーンズランド州では、NRLを中心としたRugby Leagueが強い。

まるで、国境線のような言い方をするのがおもしろい。

この言葉は、歴史家のイアン・ターナーが1978年の講演で使ったものだった。名称は、Australian Footballを全国に広げようとした伝説的選手・監督ロン・バラシに由来する。

境界線の背景には、19世紀から20世紀初頭にかけて形成された地域ごとのスポーツ文化がある。

Australian Footballは1850年代のメルボルンで発達し、ビクトリア州から南部・西部へ広がった。一方、ニューサウスウェールズ州とクイーンズランド州では、1908年にRugby Leagueの組織が設立され、1910年以降は両州の主要な冬季スポーツとして定着した。

 

テレビも飛行機もインターネットも十分になかった時代、スポーツは地域の中で育った。

学校で何を教えるか。新聞がどの試合を報道するか。週末に父親が子どもをどの競技場へ連れていくか。そうした小さな選択の積み重ねが、世代を越えて地域文化になったのである。

メルボルンではAFLクラブが地域の歴史や家族のアイデンティティーと結びついている。ブリスベンやシドニーでは、NRLのクラブやState of Originが、それに近い役割を担っている。 (日本の野球のオールスター戦に近い)

 

特にクイーンズランド州とニューサウスウェールズ州が対戦するState of Originは、単なるラグビーの試合ではない。

普段は「オーストラリア人」として暮らしている人々が、この時だけは急に「クイーンズランド人」と「ニューサウスウェールズ人」に分かれる。職場で仲良くしていた同僚も、この夜だけは敵になる。

幸い、翌朝にはだいたい元へ戻る。

2005年に私が見たオーストラリア

私がブリスベンへ移り住んだのは2005年だった。

当時の私には、オーストラリアのスポーツ文化がかなり閉じた世界に見えた。

職場ではNRLやクリケットの話題が頻繁に出た。月曜日になると、週末の試合結果について同僚たちが語り始める。しかし私は、ラグビーにもクリケットにも、それほど興味がなかった。

特にクリケットは、今でも私にとって少し不思議な競技である。

朝から試合をしているので、夕方には終わるのだろうと思っていたら、まだ続いている。翌日になってテレビをつけると、同じ選手たちがまた試合をしている。数日後にも続いている。

試合というより、共同生活に近い。

もちろん、短時間で終わる形式もある。しかし当時の私は、「この試合は、私が生きている間に終わるのだろうか」と本気で心配したことがあった。

その一方で、私は日本とアメリカで暮らした経験から、野球やサッカーのほうに親しみを感じていた。

2005年当時も、オーストラリアに野球やサッカーがなかったわけではない。両方とも長い歴史を持つ競技だ。ただ、私の日常生活の中で感じる存在感は、今より小さかった。

それから20年以上が過ぎた。

現在は、子どもたちがサッカーやバスケットボールを楽しみ、街ではNBAのユニフォームを着た若者を見かける。大谷翔平の活躍を知る人も増えた。アメリカのスポーツについて、オーストラリア人と普通に会話できる機会も多くなった。

ラグビーファンには申し訳ないが、個人的には歓迎すべき変化だった。

ようやく私にも、月曜日の職場で話せるスポーツが増えたのである。

観戦するスポーツと、子どもがするスポーツ

ただし、ここで一つ区別しなければならない。

テレビで人気のスポーツと、子どもたちが実際にプレーするスポーツは、必ずしも同じではない。

Australian Sports Commissionが紹介した2025年のデータによると、オーストラリアの子どもの競技参加者数は、サッカーが約37万8,000人、バスケットボールが約22万6,000人、Australian Footballが約15万5,000人、クリケットが約11万人だった。

サッカーは、異なる文化的背景を持つ家庭にも入りやすい。

ブラジル人も韓国人も日本人も英国人も、基本的には同じルールを知っている。ボール一つあれば始められ、少なくとも「4本のゴールポストのどこへ蹴れば何点なのか」を最初に説明する必要はない。

バスケットボールも、若い世代との相性がよい。

比較的少人数でプレーでき、学校や公園のコートも使える。試合時間も分かりやすい。さらに、NBAは競技だけでなく、音楽、ファッション、スニーカー、テレビゲーム、SNSとつながっている。

若者がNBAを見る時、単にバスケットボールを見ているとは限らない。選手の髪形や服装、シューズ、発言、生活様式を含めた巨大なポップカルチャーを消費しているのである。

これは、地域のクラブを中心に発達してきたAFLやNRLとは、かなり違うスポーツとの出会い方だ。

若者は「チーム」より「選手」を追う

従来のスポーツファンは、家族や地域からチームを受け継いだ。

父親がCollingwoodのファンだから、子どももCollingwoodを応援する。ブリスベンで育ったからBroncosを応援する。チームが何年負け続けても、簡単には乗り換えない。

スポーツファンの忠誠心は、時として結婚より長く続く。

しかし、若い世代は必ずしも同じ方法でスポーツと出会わない。

YouGovの2025年調査では、オーストラリアのスポーツファン全体の55%が、特定の競技を見る最大の理由として「チームへの愛着」を挙げた。特定の選手を理由に挙げた人は21%だった。

ところが、Gen ZやMillennialsは上の世代より、好きな選手を入口にスポーツを見る傾向が強い。好きな選手が別のチームへ移った場合、若いファンの31%は、現在のチームと移籍先の両方を応援すると答えている。

かつては、「私はこの街の、このチームを応援する」という固定的な関係だった。

今は、「私はこの選手をInstagramで見つけた。だから、この競技も見る」という順番になりつつある。

NBAなら選手のハイライトをTikTokで見る。MLBなら大谷翔平のホームランを見る。UFCなら選手同士の挑発や記者会見から興味を持つ。

試合を最初から最後まで見なくても、選手の物語は毎日スマートフォンへ届く。

従来のバラシ・ラインが「地域によるスポーツ分断」だったとすれば、現在生まれているのは「世代によるスポーツ分断」なのかもしれない。

親はテレビで地元チームの試合を見る。子どもは隣の部屋で、地球の反対側にいる選手の30秒の動画を見る。同じ家に住んでいるのに、スポーツ上の住所は別の国にある。

NetflixはなぜMLBを放送するのか

最近、私はNetflixを見ながら、ある疑問を持った。

なぜ、映画やドラマの配信会社がMLBの試合やHome Run Derbyを放送するのだろうか。

Netflixは2026年から、MLBのOpening Night、Home Run Derby、毎年一つの特別試合を配信する3年間の契約を結んだ。2026年には、トウモロコシ畑に囲まれた球場で行われるField of Dreams Gameも配信対象となった。

最初は、Netflixが野球中継にも手を広げ、テレビ局になろうとしているのかと思った。

しかし、よく考えると狙いはもっと大きい。

映画やドラマは、好きな時に見られる。一方、スポーツは結果が分かる前に見なければならない。

「今夜見なくても、来週見ればよい」が通用しない。

つまり、ライブスポーツには、視聴者を決まった時間に画面の前へ連れてくる力がある。Netflixにとっては、加入者を増やすだけでなく、解約を防ぎ、広告を見せ、世界中で同じ話題を作る手段になる。

一方、MLBにとっても利点がある。

従来の野球ファンだけでなく、普段は映画やドラマを見ているNetflix利用者へ接触できるからだ。

ここで面白いのは、NetflixがMLBの長いレギュラーシーズンを丸ごと買ったわけではないことである。

選んだのは開幕前夜の一試合、Home Run Derby、Field of Dreams Gameといった、特別感があり、野球を知らない人にも説明しやすいイベントだった。

野球初心者に、いきなり162試合を見せるのは無理がある。

それは、英語を勉強し始めた人に、初日にシェイクスピア全集を渡すようなものだ。

しかし、Home Run Derbyなら分かりやすい。

誰が最も多くホームランを打つのか。誰が最も遠くへ飛ばすのか。細かいルールを知らなくても楽しめる。

Netflixが買ったのは、単なる野球中継ではなかった。

野球をまだ見ていない人が入ってくるための「入口」だったのである。

先に競技ではなく、物語を売る

Netflixはこれまで、F1、テニス、ゴルフ、アメリカンフットボールなど、さまざまなスポーツのドキュメンタリーを制作してきた。

そこでは、ルールや試合結果だけでなく、選手同士の対立、家族、挫折、移籍、プレッシャー、舞台裏が描かれる。

人は、知らない競技のルールには興味を持たなくても、一人の人間が人生を懸けて戦う物語には興味を持つ。

選手の物語を知ると、その選手が出る試合を見たくなる。試合を見ると、競技のルールを覚える。ルールが分かると、別の選手やチームも見るようになる。

順序が重要なのだ。

まず競技を教えてから選手を好きにさせるのではない。先に選手を好きにさせ、後から競技を覚えてもらう。

Netflix型の国際スポーツマーケティングは、次のような流れでできている。

一つ目は、分かりやすいイベントで注意を引くこと。

二つ目は、選手個人の物語を見せること。

三つ目は、ハイライトをSNSで拡散すること。

四つ目は、ライブ中継へ誘導すること。

そして最後に、長期的なファンになってもらうことだ。

これは、スポーツに限らない。

海外市場へ商品を売りたい企業も、最初から商品の機能をすべて説明しようとする。だが、消費者が最初に知りたいのは、説明書ではない。

「なぜ、自分がこれを見る必要があるのか」という理由である。

AFLやNRLにも同じことができるのか

それでは、AFL、NRL、クリケットも、Netflixやストリーミングを利用して世界へ進出できるのだろうか。

答えは「できる」だ。ただし、国内向けの試合をそのまま海外へ流すだけでは難しい。

AFLはオーストラリアにしかない、非常に独特なスポーツだ。選手の運動能力も高く、観客の熱気もすさまじい。

2026年のAFLレギュラーシーズンは、過去最多となる約777万人の観客を集めた。平均観客数も過去最高だった。

したがって、「若者が海外スポーツを見るようになったからAFLが衰退している」と考えるのは早計だ。伝統スポーツは現在も強い。

問題は、オーストラリア国外の人にとって、AFLを見る理由がまだ少ないことにある。

初めて見た外国人は、なぜ選手がボールを手に持って走り、突然足で蹴り、観客が喜んだり落胆したりするのか分からない。

その時に必要なのは、50ページのルールブックではない。

選手の人生を描いた物語だ。

例えば、移民家庭で育った選手、先住民選手が経験した困難、小さな田舎町からプロになった選手、解雇寸前から復活した選手を描く。

視聴者が一人の選手を応援したくなれば、ルールは後から覚える。

NRLも同様だ。

NRLはすでにラスベガスで公式戦を開催し、アメリカ市場への進出を始めている。しかし、ラスベガスで一度試合をすれば、翌朝から全米の子どもがラグビーボールを持って走り出すわけではない。

試合の前後に物語を作る必要がある。

なぜこの選手は、何度タックルされても立ち上がるのか。なぜクイーンズランド州とニューサウスウェールズ州は、あれほど本気で争うのか。なぜ体の大きな選手たちが、試合後には意外に穏やかな声で家族への感謝を語るのか。

競技の迫力と人間の物語を結びつけることができれば、NRLは海外でも十分に魅力を持つ。

クリケットも、インド、英国、南アフリカなどに巨大な市場がある。

ただし、私のように「この試合はいつ終わるのか」という基本的な疑問を抱く外国人向けには、最初に少し説明が必要だろう。

バラシ・ラインは消えるのか

オーストラリアを二分してきたバラシ・ラインは、すぐには消えないだろう。

メルボルンの家庭で育った子どもがAFLクラブを応援し、ブリスベンの家庭がState of Originでクイーンズランドを応援する文化は、簡単には失われない。

しかし、その子どもたちは同時に、NBAの選手をInstagramで追い、大谷翔平のハイライトをYouTubeで見て、NetflixでHome Run Derbyを楽しむことができる。

古いスポーツ地図が、新しい地図に完全に塗り替えられるのではない。

一人のファンの中に、地元と世界、伝統と配信、チームと個人という複数の地図が重なり始めているのだ。

2005年に私がオーストラリアへ来た頃、スポーツは「どこに住んでいるか」によって選ばれるものだった。

2026年の今、スポーツは「どの画面を開くか」によっても選ばれる。

バラシ・ラインは、オーストラリアの地図上には残り続けるだろう。

しかし、若者のスマートフォンの中では、その国境線はすでに消え始めている。

そしてAFL、NRL、クリケットに問われているのは、NBAやMLBをオーストラリアから追い出すことではない。

世界中の若者が、指一本であらゆるスポーツを選べる時代に、「なぜ、自分たちの競技を見なければならないのか」を伝えることだ。

必要なのは、試合の放映権だけではない。

人々が誰かを応援したくなる物語なのである。



 

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